社会的課題を自分ごとに~複雑な事実を感情に届けるためのマンガ制作~ ベネッセこども基金
公益財団法人ベネッセこども基金(以下、ベネッセこども基金)は、子ども達が自らの可能性を広げられる社会を目指した活動を行っている団体です。
今の子ども達を取り巻く課題と実態を、多くの人に知ってもらいたいという思いから、LEGIKAの戦略的マンガ制作サービスを活用しました。
ベネッセこども基金の事務局長である青木智宏さんにインタビューを行いました。
◆組織概要
2014年に設立された財団であり、重い病気を抱える子どもの学びを支援する活動や、経済的困難を抱える子どもの学びの支援活動等を手がけている。株式会社ベネッセコーポレーションとは独立した組織体です。
今回、LEGIKAの戦略的マンガ制作サービスを活用し、「社会的養護」と「院内学級」をテーマにした作品制作を行っています。
Contents
「社会的養護」のマンガ制作
―――「社会的養護」とは一般には馴染みに薄い概念です。分かりやすく言うと、どういう意味でしょうか?
青木:
「社会的養護」とは、社会全体で子どもを育てることです。
様々な事情で、子どもを育てるのが難しい保護者がいます。親が子どもを育てるのが困難なときに、公的・社会的に、擁護や保護をして養育することが「社会的養護」といわれます。
また同時に、家庭の中で親が子どもを育てていくための支援も行っています。
子どもだけを対象とするのではなく、その親も対象にしていて支援していく……これら全てを含めて「社会的養護」と呼んでいます。
専門家の枠を超えたカジュアルな認知拡大
―――「社会的養護」をマンガで発信しようと考えたのはなぜでしょうか?
青木:
「社会的養護」の問題は、子どもを取り巻く多くの課題の中でも、最優先課題と言うべきものです。
この問題は、親の育児放棄が子どもの命に直結するという意味で、とてもリスクが高い問題である一方、問題の実態や全体像を知る人は多くありません。自分自身も、この事業に取り組むまでは詳しいことを知りませんでした。
現状として「社会的養護」についての理解は、学者や専門家だけに限られてしまっています。
論文やシンポジウムという形式ではなく、もっとカジュアルな認知のされ方として、マンガという表現形式にしたら、より多くの層に理解が広がるのではないかと考えたのです。
専門用語をより平易に伝える
―――実際にマンガを制作してみて、内容や伝達方法について、難しい点はありましたか?
青木:
「社会的養護」に関して概念の全体像を説明しないといけないので、伝えたい内容を絞り込む点に最も苦労しました。
概念の都合上、どうしても専門用語が多くなってしまいます。どう平易な表現に直していくかを、企業団体向けマンガ制作のプロであるLEGIKAが丁寧に考えてくださいました。大変ありがたかったですね。
私たちが活動している領域は、とてもセンシティブな分野です。 だから、言葉の一つひとつで傷つく人もいらっしゃいます。
施設の職員の方、児童相談所の方、養護の対象となる当事者の方や卒業生の方が目にしたときに、「こんな言葉の使い方をするなんて、分かっていない証拠だ」と思われてしまう内容にならないように気を付けました。
メッセージを平易に伝えていく中で、多くの方の声を聞いて言葉を選び、マンガ制作を進めました。
マンガ表現を統計データと組み合わせる
―――マンガ作品に盛り込みたいと考えたメッセージは、他にもありましたか?
青木:
社会的養護の関係者や当事者の方々に対して、統計的な裏付けによるマクロな全体像を伝えたいと考えました。
具体的に説明しますと、「ある一人の子がこうだった」というストーリーよりは、過去から現在にかけて、どのような変化が起こり、今はどういう潮流が見られるのかを伝えたいと考えたのです。虐待が増加傾向にある点が一つの例です。
そのためには、具体的なデータがないと説得力がありません。ですから、統計データとマンガ表現を組み合わせた制作を行いました。
マンガを通じて全体像を理解する
―――今回制作されたマンガ作品について、青木さんの満足度はいかがでしょうか?
青木:
大変満足しています。
マンガを事前に見た上で、イベントやシンポジウムに参加した人たちからは、「マンガを読んでいたから、前提となる情報が頭の中にあったので理解が深まった」との感想をいただきました。
―――マンガ作品を読んだイベント参加者がいたことで、どのような影響がありましたか?
青木:
イベント参加者の理解が深まっただけでなく、皆さんからの質問も、より多く、より高度なものへと変わってきた印象があります。
―――量と質の両方が変わったのですね。
青木:
そうですね。量の点で言うと、イベントではかなりの数のコメントを寄せていただきました。
質の点で言うと、今回の取り組みを経て、児童養護施設や学校区の先生がそれぞれ何を気にしていて、互いに何をして欲しいのかが分かって良かったという声が出ていました。イベントの開催意義が高まるものだったように思います。
「社会的養護」に関わる当事者は、互いに接点や接触機会がないことが多いです。マンガ作品を通じて「社会的養護」の全体像が分かることで、「今はこの段階だから、ここにつなげればいいのか」ということが、多くの方に分かるようになりました。このことで、とても大きなプラスの効果があったと感じています。
「院内学級」のマンガ制作
◆制作概要
ベネッセこども基金が手がける病気を抱えた子ども達への支援の取り組みに関して、LEGIKAはマンガで表現する取り組みを行いました。
具体的には、重い病気等により通常の学校に通えない子ども達が「院内学級」と呼ばれる病院の中の学校で学ぶケースを描いたものです。
このケースは完全に架空のものではなく、子ども達の学びを支えている院内学級や訪問教育の先生の実例をベースに制作しています。
ストーリーマンガへの挑戦
―――「院内学級」についてもマンガ制作を行いました。こちらも専門的な内容であり、センシティブな要素を含みますが、「社会的養護」のマンガ制作と制作面で異なる点はありましたか?
青木:
「院内学級」のマンガ制作においては、病気になったという理由だけで、国民に等しく認められた基本的人権の一つである教育を受ける権利を、子ども達が手放さざるを得ない……という課題に焦点を当てました。
また新たにストーリーマンガに挑戦しました。
どのようにしてストーリーでつむげば読み手の感情が動くかといった点を、専門家も交えて考えて作品にしました。
亡くなる直前まで学びたい子ども達がいる
―――具体的にはどのような内容なのでしょうか?
青木:
ベネッセこども基金では、OriHime(オリヒメ)というロボットを使って、学校と病院にいる子ども達をつなぐ支援を行っています。
病床にいても学びたいという子どもはたくさんいます。ただ残念ながら、命を守ることを優先するあまり、学びの機会を得られずに亡くなってしまう子どももいます。
「重い病気の子が、病床で掛け算覚えても意味がない。それよりも残された時間は、好きなことをしたり、家族との時間を大事にした方がいい。」といったように、一見きれいそうな言葉でも、実は子どもにとっては学びを諦めるように聞こえることもあるそうなのです。
子ども達は亡くなる直前まで学びたがっています。そのことを伝えたかったのです。
感情の話として事実を伝えたい
―――このマンガ制作に当たって、どのような思いがありましたか?
青木:
論理の話として、「掛け算は大事ですよ」ということを伝えたいのではありません。
亡くなる寸前まで、子ども達は友達と一緒に学びたいし、交流したがっています。
感情の話として、実際にあった事実を伝えることで、きちんと受け止めてくれる人がいると信じ、ストーリーマンガにしました。
―――「院内学級」のプロジェクトに関わる中で、印象的なエピソードはありますか?
青木:
私はこれまで「院内学級」にOriHimeを導入するプロジェクトを手がけてきました。OriHimeは、学校と病院をつなぎ自分の代わりとなってコミュニケーションを取ることができる分身ロボットです。
ある日、入院してから一度も学校の友達と会えなかった子が、「学校のみんなは、僕のことをきっと忘れているよ」と口にしていました。
でも、OriHimeで学校と病院をつないでみると、学校のみんなが、この子のことをちゃんと覚えていたのです。
OriHimeは人の形をしています。机にタブレットを置いておくだけとは違って、登校した同級生たちが気軽に声をかけてくれたり、手を振ってくれたりします。
自分のことを覚えてくれていることは凄く嬉しいですよね。しかも向こうからはこちらの変わってしまった姿が見えないので、安心して目を合わせて話ができるため、本当に嬉しいわけです。
その子は残念ながらその後亡くなってしまいましたが、お母様によると最期もOriHimeを抱きしめながら亡くなったそうです。
OriHimeは本当に友達の分身みたいな存在だったのだろうと、今思い出しても涙が出ます。
このような重要な思いと意図をLEGIKAさんが理解してくださり、ストーリーを紡いでマンガという形にしていただいた点がとても良かったです。
ベネッセこども基金のこれから
―――ベネッセこども基金が今後表現していきたいテーマはありますか?
青木:
はい、あります。子どもの課題に限らず、社会課題はかなり複雑化しています。
昔は課題がシンプルでした。公害とか過疎化とか、原因が特定しやすいですよね。そのため、解決手法を見つけることが肝でした。
しかし、現在の子どもを取り巻く社会課題は、原因が複合的に絡み合っています。
―――具体的にはどういう事例がありますか?
青木:
例えば、虐待の問題も親を罰すれば終わりか、といえばそうではありません。おそらく親も虐待を受けていたと想像できます。自分がやられたことを子どもにもやってしまう、そうやって負の連鎖が世代を超えて行われてしまうのです。
これはもはや親の問題ではなく社会の課題なのです。
構造的な問題を解決する
青木:
解決手法そのものが大事だった昔と違って、現在では課題をどのように構造的に解いていくかが大事です。
複合化している全体像を構造的に理解しないと、良い解決手法は見つかりません。その表現化は難しいと思いますが、やるべきだと考えています。
―――LEGIKAとのコラボ3作目はありそうでしょうか。
青木:
もちろんあると思います。
例えば、子どもの権利についてです。
大人が偉くて子どもは助けてやらないと生きていけないという感覚がまだまだ残っています。女性の権利や、障がい者の権利は、法律ができてからは侵害されることが以前よりは減ってきたと感じています。こどもの権利は、これからの子ども家庭庁やこども基本法の取
こうした難易度の高い課題に対峙していく時に、今後もLEGIKAとコラボレーションを取り、戦略的マンガ制作サービスを通じて、問題解決に近づけていければと考えています。
―――ありがとうございました。