社内報が読まれない! 創業者の伝記を漫画化して社員の心をつかむ
社内報が読まれない ──。
会社の歴史や文化を社員に知ってほしい。
しかし、テキストが羅列されているだけでは読まれない。
ならば、日本が世界に誇る文化「マンガ」を活用してみてはどうだろう。
今回は、稲畑産業株式会社広報部の橋本さんと、この春新入社員として同部に配属された薗田さん、脚本家の島田悠子さん、マンガ家の尾形和也さん、特定非営利活動法人LEGIKA(レジカ)代表の小崎に、「〜IK物語〜 少年勝太郎」の制作時の様子について聞きました。
稲畑産業グループの経営理念は「愛」と「敬」を大切にし、社会の発展に貢献すること。1890年に合成染料の輸入販売からスタートし、現在はケミカル事業を中心に電子材料、プラスチック、住宅関連資材、食品など多岐にわたる分野で事業展開されています。国内外で60以上の拠点を持ち、海外事業の割合は5割超。将来的には拠点間の情報ネットワークを強化し、長年にわたって培われた多様な機能を組み合わせて、より高度なソリューションを提供し続けることを目標とされています。
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社内報が読まれない……漫画という手法を使えば伝えられるのでは
ただ、マンガというものが社内報という媒体に馴染むのか、許容してもらえるのかという葛藤があり、構想から完成に至るまで5年かかりました。
弊社の創業者である稲畑勝太郎の伝記をマンガにして社内報に掲載したいというアイデアを部内会議で少し話した時には、予想通り誰も反応してくれませんでしたね(笑)。
自分が責任者ではありましたが、他のメンバーの同意を得ずに進めるべきではないということで、その時は自分の中で一旦保留することにしました。
保留したものの、「この企画は絶対にやった方がいい」という確信めいたものは持ち続けていたんです。
新聞購読者は年々減少していますし、LINEのようなコミュニケーションツールが主流になってテキストの量もどんどん減っている。すると長文を読めない人が増えて、若ければ若いほどそういう傾向も強まっている。
そんな世の中の流れの中で、今ならマンガの手法が世間的にも受け入れられやすくなっているのではと考えました。
また、弊社には海外にも拠点があり、ナショナルスタッフにも会社の歴史を知ってほしいという思いがありました。
海外では、日本のアニメや映画、マンガといったコンテンツの力が強い影響力を持っています。
日本語が読めないスタッフであっても、マンガなら絵で見てある程度理解してもらえます。
そうしたこともあり、ある程度自信を持って推進することができました。
LEGIKAなら、最後までお任せできると感じた
5年前からマンガを作ってもらえそうなところをネットで検索していて、大手出版社に問い合わせたこともあったのですが、費用的にも感覚的にも合わなくて。やはりハードルが高いな…と感じながらも、制作してくれる会社を探し続けました。
そして今年に入って、トキワ荘プロジェクト(※)の存在を知りました。
マンガ制作に限らず、これまでに様々な制作会社とやり取りする機会がありましたが、中には依頼する側とクリエイターの仲介だけして、後はスルーパスする(アポイントを取った後は当事者同士に丸投げする、の意)ところもあって…。
ですがLEGIKAの小崎さんは、最初にこちらの希望を伝えるとその中でアレンジメントを施して、制作段階まで全て取り仕切ってくれそうだと感じました。
そして実際にその通りだったので、とても助かりましたね。
特定非営利活動法人LEGIKAが運営するトキワ荘プロジェクトは、本気でプロを目指す若いマンガ家や志望者向けの支援プログラムです。マンガ制作に集中できるよう安価な住まいを提供し、技術が学べるプロスクールや仕事の紹介なども行っています。
既にマンガは「サブカルチャー」ではなく「ポップカルチャー」
まず社内報が読まれないという問題を解決する必要がありましたので、社員の平均年齢や男女比率に合わせて、その人たちが読みたくなるようなテイストにしようと考えました。
それに、マンガは“サブ”カルチャーではなく“ポップ”カルチャーという認識になりつつあります。それを稲畑産業株式会社のような歴史の長い会社の作品に取り入れると面白いのでは、と思った次第です。
そもそも、社内報にマンガを掲載して許されるのか?という懸念があり、史実に忠実で真面目な絵柄じゃないと許容されないだろう…と考えていたところに、このようなイケメンのキャラクターを提案していただいたので(笑)。
ですが自分の中でこの企画はいけるという確信めいたものがあったので、役員や社長の稟議が通るかどうか本当にドキドキしましたが、やらせてくださいと、お願いしました。
社内だけではなく社外へのブランディングにも期待
実際に社内報が配布されて、社内ではマンガに対して好意的な意見が多いです。
「家で子供に読ませられる」とか、「この会社に入社して30年になるけど、こういう企画は初めて!」と声をかけてもらえることもあります。
私自身も、就活の時にこのマンガがあれば助かったなと思っています。会社の歴史を勉強する上で、わかりやすさは就活生にとって大事なことですので。
ですので、マンガをWebサイトに掲載するなど、社外に向けても発信できれば、今後の採用活動にも良い効果が期待できると感じています。
ビジネスマンガの枠を超えて、誰もが読みたくなるような作品に
マンガ担当の尾形和也さんは、少年誌での連載経験もある作家で、キャラクターの表情を描くのと、コマ割りなどの演出がとても上手いんですよね。
ですので、この二人がコンビを組めば絶対に面白い作品が仕上がるだろうと、確信していました。
マンガ制作を行う専門プロダクション、レジカスタジオ編集部の専属脚本家。
脚本家の登竜門として知られる城戸賞の過去最多受賞者。
現在、株式会社リイド社出版月刊「コミック乱」にて掲載中の、池波正太郎原作「剣客商売」漫画脚本をチームで担当。
https://www.scenario.co.jp/online/29909/
https://www.legika.com/about/editorial-dept
トキワ荘プロジェクトOB。入居後すぐデビュー。キャラクター表現やマンガ原稿の見やすさに定評がある。「空に想う」全2巻(少年サンデーコミックス)
伝記のマンガ化ですが、フィクションを加えてもいいよとおっしゃっていただけて、あとは喜びと興奮の中で筆を走らせたという次第でございます。
マンガなら企業の歴史や文化を魅力的に伝えることができる
第一話が配布されて社内では好評を得ていますが、ここで油断してはいけないと思っています。ゴールに至るまでのハードルは高いですが、もう1ステップ、2ステップと上を目指していきたいですね。
(一同、笑い)
今回制作したのは、稲畑勝太郎さんの人柄を描くことがメインで、会社が始まるまでの物語なんです。読んでくださった方からすると、きっとこの後何があったのかも気になるところだと思います。
最後に、今回のマンガ制作を通じて広がった、ビジネスマンガの可能性についてお聞かせください。
歴史のある企業には、創業者の偉業やこれまで会社が大切にしてきたことなど、必ず“物語”があります。それらをマンガにすることで、テキストでは伝えきれない魅力を伝えることができます。
一般的に、ビジネスマンガと言えば企業と一般消費者のマーケティングに関連したものと思われがちですが、実際には異なります。企業の経営を支えるコーポレート部門以外からの依頼も多く、事業部門においても企業間取引で活用されることが圧倒的に多いのです。
マンガはポップカルチャーとして、ビジネスシーンにおいて今後さらに広く活用されることでしょう。
(取材・文/松尾しのぶ)